2020年2月、新型コロナウイルスが九州に上陸し、のちに九州全土にも蔓延し私たちの生活は一変しました。私たちが住み暮らすまちでも特に飲食業・宿泊業は大きな打撃を受けました。その影響により多くの店舗が休業を余儀なくされました。青年会議所の活動も例外ではなく、その年の理事長が掲げていた方針もゼロベースに見直され、先の見えない状況にメンバー全員が不安を抱えていました。そんな困難な時、ある先輩が私たちに語りかけました。その言葉は今も心に残っています。「こういう時だからこそ、私たちから地域のために何かできることをはじめよう、動き出そう」この言葉が私の背中を強く押し、行動を決意するきっかけとなりました。そこで、私たちは身近な課題に目を向け地域のために小さな行動を積み重ねていきました。例えば、マスク不足を解消するために、自分で作れるマスクの作製方法の動画配信、保育所への消毒液の配布、子どもたちが遊ぶ公園の清掃など、手探りながらも地域のために行動したこの経験は、私に大きな気づきを与えてくれました。それは、どんなに厳しい状況でも決して諦めず、前を向いて進んでいくことです。この経験を通じて得た信念こそが、私の行動指針となり、まちづくり、ひとづくり団体である青年会議所での活動を通して、どんな困難にも臆することなく、新しい挑戦に踏み出す勇気となっています。
あの経験から、地域の課題は一人ひとりの行動によって乗り越えられると実感しました。だからこそ、現代社会が直面する人口減少や少子高齢化、都市部への若者流出といった問題も、私たち自身の挑戦と行動によって未来を切り拓けるのです。これらの問題は地域社会の経済を縮小させ、人材や後継者不足を招き、地域社会の衰退など多くの問題を引き起こし、これらの複数の要因が重なり合い複雑化しています。行政をはじめ、多くの団体がその解決に向けて努力を重ねていますが、これらの課題は私たちのまちだけの問題ではなく、日本社会全体が直面する重大な課題でもあります。島原半島が未来に向けて発展し続けるためには、現状の課題を直視し、解決への道を模索し続けることが必要不可欠です。誰かが解決してくれるだろうという受け身の姿勢ではなく、私たち一人ひとりが真剣に課題へ向き合い、果敢に挑戦する姿勢とその行動が未来を切り拓く鍵となります。次世代へ誇れるまちを残すために、私たちができることは、ないものを嘆くのではなく、今ある資源や人を最大限に活かすことです。
経営の神様と呼ばれた松下幸之助氏は、戦後の混乱期に「ないものを嘆くのではなく、あるものを活かす」と語りました。困難な時代を生き抜くためのこの言葉は、今の地域課題にも通じるものです。私たちも現状を悲観するのではなく、地域に秘められた力を活かし未来を切り拓いていかなければなりません。